今回は、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』の総括感想記事です。
「ガンダムシリーズ」初のOVA作品として発売された本作。今までもシリーズは、戦争のむなしさや悲惨さを作品の中で描いてきましたが、本作はちょっと違った視点からそれを描いているのが、非常に興味深く感じました。後付けという形で作られた作品であることを逆手にとって、「本作で起きたことは『ガンダム』に何も影響を与えませんでした」というオチにしていたのは、上手い構成だよなぁ。
なお、前回(第4~6話[終])の感想記事は↓コチラです。
bongore-asterisk.hatenablog.jp
人気ロボットアニメの初OVA作品となったら、普通はTVではできないような難解な内容や、販促を無視したロボットの大活躍、過激な描写が盛り込まれそうなもの。しかし、『0080』の場合は、モビルスーツの活躍をしっかりと確保しながらも、中心となって描かれたのは、戦争に侵食されつつある戦時下の人々どうしの交流、そして戦争が生んだ悲しい展開の連続でした。ここに、「ガンダムシリーズ」の真の訴えたいことが込められていたような感じがします。つまり、戦争自体は悲しいものだし、そこに関わった者たちもまた、悲しいものだと―。
『ガンダム』も『Ζ』も『ΖΖ』も、そして『逆襲のシャア』も、戦争を舞台にガンダム等のモビルスーツが多数登場して戦闘を繰り広げますが、主人公側は、本当は戦争なんか望んでいなかったり、関わりたくなかったりと感じている者がほとんど。そういう意味でも、この『0080』はしっかりと「ガンダムシリーズ」をしているわけです。
その一方で、『0080』が今までの作品と違う点は、市井の人(アル)とジオン公国軍(バーニィ)という、地球連邦軍外からの視点で描かれていること。こうすることで、新たな切り口で一年戦争を見ることができており、また視聴者により立場の近い人間であるアルを主人公の1人に据えることで、よりリアルに視聴者が作品の世界観や戦争を肌で感じられるようになっているのが、視聴者に強烈な印象とメッセージを与えてくれています。
このように、一言でいえば悲劇の物語である『0080』ですが、終盤まで悲壮感が不思議となく、どこかほのぼのとしている印象を受けるのも、この作品の特徴。それは、ガンダムNT-1 アレックスを倒すためにバーニィやアルがギリギリまで頑張り、力の限り生きていたからでしょう。戦局はどんどん劣勢になり、心が折れる時があっても、アルとバーニィが2人ともあきらめるということは一度もなかったんですよね。それが、こうした不思議な感覚を覚えさせてくれるのでしょう。
シャアの反乱の鎮圧により、平和を取り戻したかに見えた世界。しかしその平穏は、ある組織の行動により破られる。宇宙世紀0123、新たなる戦いの幕が上がった!
子供たちの先頭となって戦う青年:シーブック。
そして、彼らと戦う運命になる少女:セシリー。
戦いの中で、若者たちは苦悩し、運命に立ち向かっていく。
目覚めよ宇宙(そら)。ガンダム新時代・第一章!
…というわけで次回は、1991年3月公開の映画『機動戦士ガンダムF91』の感想記事となります。お楽しみに!
1991年、ガンダムの新たなる神話は誕生する―。
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☆ガンプラ Pick Up!
『0080』に登場したモビルスーツのガンプラの一部を、ピックアップしてみよう!
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